経済効果としてのSHINJOと「のだめ」
プロ野球もクラシック音楽も、マンネリ化すれば興行収入が落ちるに決まっている。
昨日聞いたニュースによれば、日ハム優勝が北海道にもたらした経済効果は222億円という。ここにおいて、日ハムを名実ともにリードしてきた男、SHINJOの存在は大きいに違いない。
さて、音大生たちが主人公の某人気マンガが先日TVドラマ化されたことは記憶に新しい。
そのTVドラマに主演する若手俳優たちの写真を、某クラシック音楽誌の表紙に使用したところ、やはり売り上げが伸びたという。
これは、SHINJOのパフォーマンスが日ハムにとっての付加価値(+α)であったのと同じようなことが言えるのではないか。
たしかに「クラシック音楽がテーマのラブコメ」というのは類例がなく、TV化されることによっていっそう人気を博し、クラシック音楽のCM効果を生んだことは注目に値する。
野球(あるいはクラシック)と一見関係ないかのようなパフォーマンスで、けっきょくは名実ともにファンの心を掴んでしまうことができるなら、それは彼らの勝利であるにはちがいない。
考えてみると、これまでクラシック音楽誌の表紙の人物写真には、クラシック演奏家の写真ばかりが使われてきた。
クラシック演奏家というのは、実力がものをいう世界である。顔の美醜や身体のスタイルの良し悪しは、コンクール出場者やアーティストとしての評価の基準には含まれない(はずである)。
彼らの理想は、芸術の創造にある。外観の美を競うのではない。
だが、考えてみればクラシック音楽だって、マネジメントがお客さんを集めて、アーティストの「芸」を見せ、感動させる事業(=商売)であるという点において、いわゆる「エンタテイメント」と変わりはない。では、クラシックは、TVドラマやJ-POP等の「エンタテイメント」と何が異なるのであろうか?
簡単に言えば、見た目の美しさや好感度の高さがものをいうタレント業界や、ノリが良く視覚的にも派手な音楽を大量に配信するJ-POP等とは異なる、一種「アカデミック」な価値観を基準とした「エンタテイメント」の世界、それがクラシック音楽ではなかろうか。少なくとも僕はそう理解してきた。
…しかし、どんな優れた才能の持ち主であっても、それでメシが食えるようにならなければ、プロとは言えないのであって……
(思考停止状態になったので、ここで筆をおきます。)
※この記事の初出はmixi日記です。
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