
世間一般では、「作曲家マーラー(の作品)は分裂病的」と評されることが多い。もちろん精神医学的比喩として、そのような評し方が認容されているのだろうが、今日的見地からすれば、これは精神医学的比喩としても、不適切な評し方だと私には思われるのである。
昔の精神医学者クレッチュマー的に言うところの「分裂気質」と「分裂病」は全く別物(前者は正常人の性格のこと、後者は精神病のこと)だし、また「分裂気質」をキーワードにネットで検索してみたところ、精神科医・風野春樹氏による解説ページを発見したが、それを読むにつけても「分裂病的」というのはどうもマーラーには当てはまらないように思ったのだった。
http://homepage3.nifty.com/kazano/schizoid.html
↑から引用させていただくと、
――"schizoid"を日本語に訳せば「分裂病質」になります。なんだかいかにも分裂病と関係がありそうな用語なのだけれど、これは「社会的に孤立していて対人接触を好まず、感情の表出が乏しく、何事にも興味関心がないように見える」(あとで書くように、「ように見える」というところが重要)という性格特徴を表す言葉であって、分裂病とは違うものです。――
もちろん、マーラーが孤独な気質と複雑な思考の持ち主であったことは想像に難くないが、実際には、同時代の才能ある芸術家たちとの交流も盛んで、その人間性の強烈な印象は長く語り継がれるほどのものであったし、職業的にも、当代一級の指揮者として晩年まで欧米で大活躍しており、リハーサルで感情を露わにすることも多く、また読書家で好奇心旺盛な、その意味ではヴァイタリティに富んだ人間だったことは、当時の記録と後世の回想録、および現代の研究成果を見れば明らかであろう。そのユニークさゆえに人と衝突することが多く、孤独を好む面があったとしても、マーラーの人間像は風野氏の解説する「分裂病質」の定義に当てはまるとは到底考えられない。ましてや本当の分裂病者だったら、指揮者と作曲家を兼ねるような、多忙かつ創造的な音楽活動なんかできるはずがない。
マーラーの直接の死因となった病もまた、彼の性格と直接的な因果関係を持つと安易に考えられるものではなさそうだ。マーラーの死因をネットで調べてみたところ、「作曲家の頭痛」という興味深いページが見つかった。
http://homepage2.nifty.com/uoh/kyouyou/01ongakuka.htm
このページにによれば、彼の直接の命取りとなった病名は「心内膜炎」。たしかに彼はその後半生、心臓を患っていた。しかしその病に罹りはじめた時期は、苦悩にみちた晩年より前の、音楽家として順風満帆であり、妻アルマとの関係もまだ悪化していなかった頃ではなかったか。また、情報源は未確認だが、その病はペニシリンがあともう少し早く発見されていたら、治療可能なものだったと聞いたことがある。
さらに上のページによれば、持病として頭痛もあって、アスピリンを服用していたそうだが、それもまた彼が精神を病んでいたことの直接の証明とはならないであろう。精神を病んでいると否とに関わらず、頭痛に襲われるくらいのことならば、誰しも起こり得ることではないか。
ちなみに指揮者の仕事の多忙に伴う過労と、妻との関係悪化の問題が山積して神経衰弱気味だった頃、マーラーはフロイトの診察を受けている。フロイトの精神分析によれば、アルマとの関係悪化は夫グスタフのマザーコンプレックスに起因するということであり、それについてはグスタフも認めたそうである。
アルマの書いた回想録を読むと、夫グスタフは才女アルマと結婚するに当たっては、彼女が作曲することを禁じたり、また自分が作曲している間は妻子が少しでも音を立てることを禁じた、神経質な暴君的夫だったことがわかる。したがって、アルマが別の芸術家と浮気したのも、ある面では止むを得ざる結果だったのかもしれない。その浮気には、夫から妻への理不尽で限度を超えた厳しい要求に対する妻からの反発としての側面もあったのではなかろうか。(註)
だが、フロイトの分析を受け入れた後のグスタフは、アルマの作品を誉めたり、交響曲第8番を彼女に捧げたり、また晩年は子供と戯れながらでも作曲できるようになるなどの変化はあったようだ。
要するに、ここで私が結論として言いたいのは、マーラーは孤独でシニカルで気難しく、頭痛持ちで最期は心臓を患い世を去るという世紀末的な暗い気質と不幸とを背負いながらも、同時に並外れたヴァイタリティと創造性に恵まれ活躍し続けた大指揮者であり、作曲家であった以上は、神経衰弱に陥りフロイトに診察を受けた一時期を別にすれば、俗に言われるようなノイローゼ患者や精神病患者などでは断じてなかったはずだ、ということである。
これまで自分の中で病的に歪められてきた通俗的なマーラー像を訂正すると同時に、現代精神医学の研究成果に依拠することで、偏見を排した、より的確な人間理解への道を拓いていきたいものである。
(註)ここまで書き進めた時点で、国内最大級のマーラー専門サイト「ぐすたふ・ま~ら~の部屋」内に、アルマの書いたマーラー回想録に対して第三者の立場から客観的になされた批判の書を紹介したページがあることに気づいた(以下)。
●アルマの実像
●アルマの不倫
私はアルマの書いた回想録を昔から愛読してきたので、アルマの不倫についてはこれまでアルマ寄りの見解を支持していたが、上記のアルマに詳しい文章を読むと、どうやらアルマの側にも問題があったらしいことが指摘されており、興味深い。私のアルマ理解には、現代の研究成果に関する知識が不足していたようである。
とはいえ、グスタフの側に問題があったこともやはり事実だろう。それについては以下のページをも参考にしていただきたい。
●フロイトの診断
☆参考サイト
●新・サイコドクターあばれ旅
●頭痛大学
☆参考文献
●アルマ・マーラー「グスタフ・マーラー : 愛と苦悩の回想」石井宏訳、中公文庫、1987年
●船山隆「マーラー」新潮文庫、1987年
※この記事は、ソーシャル・ネットワーキング・サイト「mixi」のコミュニティー「マーラー」に投稿した文章をもとに作成したものです。
最近のコメント