2009/11/26

ナウシカじゃないのか。ヘンデルのサラバンド。

おお! 知らなかったよ!
というわけでまとめ。

長い間、「ナウシカ・レクイエム」の最初の部分

だと思っていた曲が、今年の映画『劔岳 点の記』でも使われていたので、元はクラシックの曲だと知った。何だか心に沁みる曲だが、その時は誰の何ていう曲か分からなかった。

最近、日産フーガのCM

でも使用されているのをきっかけに、ネットで調べてみた。

実は有名な曲で、ヘンデルのハープシコード組曲第2集から第4曲「サラバンド」、これが答え。おお、知らなかった!

ヘンデルというと、実はあまり知らない。家でもほとんど聴かない。メサイアとか水上の音楽とか、楽天的な曲が多いという印象だったので、こんな荘重なイメージの曲も書いていたとは意外だった。

1975年には、キューブリックの映画『バリー・リンドン』

で重厚なオーケストレーションを施され、使用されており、これもこの曲の通俗名曲化に一役買ったものと思われる。

今ではクラシカル・クロスオーバーの定番のようにして、サラ・ブライトマンとかマキシムとかいったアーティストたちによって取り上げられているようだ。

というわけでいろんなアレンジがあるのだが、巨匠セゴビアの弾いたギター版も広く愛好されているようなので、最後にそれを挙げておしまい。

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2009/11/17

映画『ムーンウォーカー』劇場再公開記念。

昔のマイコーはかっこよかった。とんねるずもおもしろかった。
総じて80年代というものは良かったような気が今はする。
YouTubeを見て、当時のことを懐かしく振り返る。

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2009/11/03

マイコーの映画。

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を観てきた。

マイコー最後の公演に向けて世界一流のスタッフたちが集結するさまが感動的に描かれていた。

僕はポップス音楽のことはよくわからないが、マイコーがクインシー・ジョーンズと組んでたころの楽曲は特に好きだ。そして彼のダンスが特別なのは、パントマイムの要素を取り入れていたからだと思う。

――ムーンウォークの着想はマルセル・マルソーのパントマイムとハーレムのダンスから 国際ニュース AFPBB News
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2615619/4310120

それから、彼には人類愛や環境問題をテーマに取り組んだ仕事があり、平和主義者としての一面があるのであるが、それがあの奇抜な舞台や、さまざまなスキャンダルの陰に隠れているところがあるんではないかと思う。

Wikipediaによれば、彼はノーベル平和賞にノミネートされたことがあるそうだが、半分冗談かと思った。ちんこを押さえてポーとかやってる姿と、世界平和のために活動する姿との間にはギャップがあるのではないか。

とにかく、リオタールが指摘したように、彼はいろんな意味において両義的な存在であった。

今回のこの映画は、彼のファンのために製作されたもののはずだが、それを観に行った僕自身は、マイコーのファンなのか、単なる傍観者にすぎないのか、いまだよくわからないでいるのである。

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2009/10/23

僕の嫌いな音楽評論家・仏教者

音楽と仏教の両方を愛好する僕が以前から感じていることを正直に述べる。

僕の嫌いな音楽評論家は宇野功芳である。

僕の嫌いな仏教者はA・スマナサーラである。

2人の間には共通点があるように思えてならない。
その独善性と排他性である。

僕は、宇野功芳に騙されたことを心から悔やんでいる。
A・スマナサーラには洗脳される前に縁を切った。

音楽評論家として必要な品性というものがある。
仏教者として必要な品性というものがある。
彼らには、それが欠けている。

彼らは正統性を標榜しているが、その実、自らを権威付けるために、ブッダやモーツァルトを利用しているにすぎない。モーツァルトは確かに偉大な音楽家だ、しかし、宇野は駄目な音楽評論家の見本だ。上座部仏教は確かに偉大な仏教だ、しかし、スマナサーラは駄目な仏教者の見本だ。

彼らの言説が人気を呼ぶのは、その断言口調が分かりやすいためであろうが、愚かな大衆というものは、えてして分かりやすい断言口調に騙されやすいものである。そしてその言説に含まれるカルト性に気付きにくいものである。

逆に、僕が尊敬に値すると思う音楽評論家と仏教者の例を挙げてみよう。
音楽評論家では吉田秀和、仏教者ではダライ・ラマが代表格として挙げられよう。2人に共通するのは、心の広い知識人であり、人の心を傷つけないデリカシーを備えているという点である。

皆さん、悪貨が良貨を駆逐しないよう、くれぐれもお気を付けください。

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2009/09/05

中森明菜 TATOO

昨夜、眠りにつく直前、脳みその奥から聴こえてきた音楽。
なんだこりゃ~。
なんだったっけな~。
これは、『TATOO』とかいうんじゃなかったっけか?
歌手は誰? えーと、中森明菜?
明日になったら調べよう。

というわけで、さっき検索したら、ありましたよ。
これは名曲だと思うが、なんで今ごろこの曲を思い出すのかがよく分からない。

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2009/07/19

マイコーとレニー

0609michaeljackson1650_2

これだ、これだ。マイケル・ジャクソンとレナード・バーンスタインが一緒に写った貴重な写真だ。ちなみに左端に写っているのはクインシー・ジョーンズだそうだ。

ソースはこのブログ。もう一枚、カラー写真があり、いろいろと詳しいことも書かれてある。
1986年8月、ロサンゼルスにて、バーンスタインの方からマイコーに会いたいと言って実現したそうだ。

'80年代アメリカ音楽シーンの絶頂期を象徴する一枚。

 

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2009/06/30

【タモリ】マイコー追悼【とんねるず】

私は「BAD」の歌い出しが「Your Buddhist mind」に聴こえて仕方なかったのですが、実は「Your butt is mine」と歌っているのですね。合掌。

空耳アワー

おかげです

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2009/06/26

マイコー死亡

マイケル・ジャクソンさん死去…ロサンゼルス自宅で倒れる

レナード・バーンスタインと、マイコーと、あともうひとり誰だか忘れたが、一緒に写った写真があったのが印象に残っている。

僕が中学生の頃、つまり80年代末に、彼はキャリアの頂点を築き上げていたようだ。

ただ単にかっこいいというだけではなく、パフォーマンスが面白いというか、客観的に見ると笑えるという皮肉な視線を送っていたのではあるが、それなりに友達の間で流行ったものだ。

友人宅で、マイコーのビデオを見ながら、ゲラゲラ腹を抱えて笑っていた思い出がある。どっちかというと笑いのネタとして流行っていた。

顔はどう見ても整形しているが、色が白くなっていったのは病気だったらしい。

その後はスキャンダラスな報道が続いてどんどんイメージダウンしていったが、彼がかっこよかった時期は確かに一時期あった。

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2009/04/01

モーツァルトは、とてつもない。

それは、シャーンドル・ヴェーグ指揮するモーツァルト「セレナーデ&ディヴェルティメント集」10枚組を聴き終えた頃だったと思う。僕は日記にこう書き記している。
「3/22
超巨大な魂の語り、絶対精神の霊姿。モーツァルトに教えられた。」

こうして改めてモーツァルトのすごさに気付かされると、他の作曲家のどこがすごいのかさっぱり分からなくなる。
モーツァルトほど偉大な作曲家はいません。モーツァルト以外に感動できる音楽はありません。
そんな困った状況がしばらく続きそうである。

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2009/03/26

三大古典派作曲家を三大ギリシャ哲学者に例えるなら

ハイドン→ソクラテス
モーツァルト→プラトン
ベートーヴェン→アリストテレス

…という気がしないでもない。

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