最近の社会事件に言及するまでもなく、ネットと人間の関係というものは、常に可能性と危険性をはらんでいる。
パソコンも、ネットも、人間にとっての道具であり手段であるにすぎない。それを使う人間の技能や倫理によって、いかようにも展開し得る。テクノロジーが発展していくのと反比例するかのように人間側のモラルが低下していくのでは、あたかも「人間がネットを操作する」のではなく「ネットが人間を操作する」かのような不気味な現象が起こるのも当然かもしれない。実際には、いかなる場合でも人間がネットを利用したり、きっかけにしたりして犯罪を実行するわけだが、その行為が非人間的であればあるほど、あたかも「ネットに操作された人間」が存在していたかのような錯覚が生じる。人間的主体が崩壊した人間の所業は、機械以下と言っていいようなものにまで成り下がるのだろう。
私は「ネットから」恩恵を受けた経験も多いが、それはネットという乗り物を私という運転手が上手く乗りこなせた場合に限っての話である。
つまり私が感謝すべきは、ネットを敷いてくれた業者、そしてそれを利用して情報を与えてくれた発信者に対してであって、単なる手段としての「ネットそのもの」に対してではない。問題は常に、道具を利用する人間対人間から発生するのである。
当たり前で月並みかもしれないが、再度そのことを確認しておきたい。そして、私という個人はこれからもネットとの関係性を適度に保って行きたい。「ネット依存症」にはなりたくない。
そもそも、非商業サイトの更新作業は、ユーザーの義務ではなく、任意のものであるはずである。個人の単なる趣味でやっている限り、サイトを作る側も、見る側も、必要以上の悪循環になるほどネットに時間と労力をかけるべきではないと思うのだ。
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