2005/08/11

イマージュと論理

イマージュの根底には論理があると思う。また、論理の根底にはイマージュがあるはずなのだ。
価値あるイマージュには優れた論理が根底にあるはずだし、価値ある論理には豊かなイマージュが根底にはるはずだと思う。
だから、他者のイマージュとして表現されたものを、己が論理によって表現するときには、他者の優れた論理を理解するために、己がイマージュを豊かにする必要がある。
他者のイマージュが非論理的論理として構想され、表現されたものであるとするならば、私はそれを非イマージュ的イマージュとして理解し、表現しなければならないのである。

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2005/07/16

思ったこと

力を抜くことは必要だが、手を抜いてはいけない。
手を抜くのはしてはならないことだが、力は抜かなければならないのだ。

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2004/11/15

絵画2点削除

 PCのペインターで描いた絵2点を削除した。
 紙に描いてからスキャンした他の絵とくらべて、自分的にどうしても納得がいかない。これはまだだめだと思った。

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2004/11/02

絵画新作

 絵画のコーナーに新作「生命的形象」をアップしました。
 うーん、今回のははっきりいってあまり自信がありません。最初から最後まで全てPCのペインターとフォトショップを使って仕上げましたが、まだ自分はこれらのソフトを手足のように使いこなすには至っておらず、当初の構想よりも大味になってしまいました。
 紙に描く方がやっぱりいいなあ、紙に描いたのをスキャンして、PCのソフトで加工するという折衷的な方法にしようかなあ、とか試行錯誤してます。まあ、今後の楽しい課題といえるでしょう。
 そんなわけで、自信作ではありませんが、長いことHPを更新していませんでしたので、思いきって公開することにしました。

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2004/10/05

得たい資質

忍耐。努力。誠実。体力。

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2004/08/10

今日の一言

気配りはしても気に病むことはしない。

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2004/06/17

月並みかもしれないが

 最近の社会事件に言及するまでもなく、ネットと人間の関係というものは、常に可能性と危険性をはらんでいる。
 パソコンも、ネットも、人間にとっての道具であり手段であるにすぎない。それを使う人間の技能や倫理によって、いかようにも展開し得る。テクノロジーが発展していくのと反比例するかのように人間側のモラルが低下していくのでは、あたかも「人間がネットを操作する」のではなく「ネットが人間を操作する」かのような不気味な現象が起こるのも当然かもしれない。実際には、いかなる場合でも人間がネットを利用したり、きっかけにしたりして犯罪を実行するわけだが、その行為が非人間的であればあるほど、あたかも「ネットに操作された人間」が存在していたかのような錯覚が生じる。人間的主体が崩壊した人間の所業は、機械以下と言っていいようなものにまで成り下がるのだろう。

 私は「ネットから」恩恵を受けた経験も多いが、それはネットという乗り物を私という運転手が上手く乗りこなせた場合に限っての話である。
 つまり私が感謝すべきは、ネットを敷いてくれた業者、そしてそれを利用して情報を与えてくれた発信者に対してであって、単なる手段としての「ネットそのもの」に対してではない。問題は常に、道具を利用する人間対人間から発生するのである。
 当たり前で月並みかもしれないが、再度そのことを確認しておきたい。そして、私という個人はこれからもネットとの関係性を適度に保って行きたい。「ネット依存症」にはなりたくない。
 そもそも、非商業サイトの更新作業は、ユーザーの義務ではなく、任意のものであるはずである。個人の単なる趣味でやっている限り、サイトを作る側も、見る側も、必要以上の悪循環になるほどネットに時間と労力をかけるべきではないと思うのだ。

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2004/06/04

ADSL復帰

 やっと一時移転にひと区切りがつき、ネットが再開通した。また三ヵ月後には改修の済んだ元の部屋に戻り、ネットを再々開通しなければならない。金はかからないが、めんどくさい。引越しってほんとにめんどくさい。持ち物も多いし。どうも私は遊牧民というよりは定住民型人間のようだ。
 だが、強引に仮引越しさせられたことによって、過去の無駄物を随分と整理したり処分したりすることができたのは確かだ。

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2004/05/15

ブルックナーの「交響曲第六番」

 ブルックナーの「交響曲第六番」の冒頭部分は、TVドラマ「水戸黄門」のテーマ曲に似ていると思うのは私だけだろうか。

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2004/04/29

「ブラックジャックによろしく」

 http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=3288935
より: 「ブラックジャックによろしく」は、いまやコミックを超え、ノンフィクションを超え、文学すら超えて、我々の時代が初めて持った、知・情・意のすべてを錬磨する新しい情報メディアとなった。これからの時代、「ブラックジャックによろしく」を読んで悩み苦しんだことがない医者にはかかるな、といいたい。――立花隆

 以前から言説が極端になり、読む者を戸惑わせがちで「評論家」として信頼できなくなってきた立花隆。上の文章も、いくら何でも誉めすぎ(というか同じことを書くにしても、もうちょっとテンションを適度に保てないのか)?
 もっとも、氏が「立花隆」のペンネームで書いた最初期の記事に「『少年マガジン』は現代最高の総合雑誌か」というのがあるそうだから、現代メディア論の対象としての「マンガ」は「ジャーナリスト」としての氏の原点のひとつなのかもしれない。去年、久しぶりに東大の教壇に立った時のテーマが「ブラックジャックによろしく」だったという(以下)。
 http://www.tbs.co.jp/news23/tokusyu/2003_08/20030808.html

 だが、それはそれとして、駅前のブック・オフにこのマンガが1巻から出ているので私も試しに立ち読みしてみたら、いたく感動してしまった。しまいには目頭が熱くなってきたが、「夜のブック・オフでマンガを立ち読みして泣いているフリーターの青年」というのも変なので、涙が出そうになるのをこらえながら読んだのだった。
 手塚治虫の「ブラック・ジャック」が、作者の医学知識も古く、やや非現実的で神秘的な作品だとすれば、佐藤秀峰の「ブラックジャックによろしく」は現代的裏付けを取ったノンフィクション風、かつ読者の感情にストレートに訴える熱血漢ドラマ仕立ての作品となっている。以下、マンガ版の公式ホームページ。
 http://www.kodansha.co.jp/hello-bj/

 医療のリアリティとそれにまつわる生命倫理の問題をテーマとしたマンガとして、「ブラックジャックによろしく」は「ブラック・ジャック」に劣らない痛切な問いと深い感動を与えてくれる作品であると思う。
 なお、Amazon.co.jpで検索すると、カスタマーたちからこの作品へ寄せられたレビューがたくさん読めて、参考になる。
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/250-4912528-2950617

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