最近ネット上に公開されて人気を博した『ドラえもん』最終話の偽作、もとい仮想作を読んだ。確かにこの「最終話」が、ドラ・ファンたちによって作られた非公式「最終話ドラえもん」の数々の中でもひときわ高い水準を示しているバージョンであることは私も認める。この「最終話」の作者は、原作者である藤子・F・不二雄の漫画語法に精通しており、ストーリーも巧みに考えられ、画力もパロディー漫画作品としては鑑賞に耐えるレベルにある。
だが、私はこの作品に涙することはなかった。むしろ笑ってしまったのである。そして最後には、根本的疑問を抱かざるを得なくなってしまった。その理由を以下に表してみたい。私の文章を読む方々も、現在上記リンク先で見られる「最終話ドラえもん」を読まれた上、一緒に考えていただければ幸いである。
まず、しずちゃんは「天才のび太」に必然的に惚れて結婚したのではなく、「ダメ人間のび太」に偶然的に惚れて結婚した、というのが原作の設定である。そしてその設定においてこそ、ドラえもんは漫画史上に永遠に残るマスコット――二人を結びつけた不思議なキューピッドたり得るのである。それでこそドラえもんの存在は報われるのである。
なぜなら「ダメ人間のび太」が「才女しずちゃん」と結婚するという、一種不可能なことを可能にした点が、ドラえもんという存在の、野比家に対する最大の貢献であり、そういう根本的なことを忘れたドラえもん作品には、かなりの疑問が残る。ここで試しに、この仮想の「最終話」の「続き」があるとすればいったいどうなるかを考えてみたい。
――ドラえもんを蘇生させることを目的として天才科学者になったのび太の成長は、知能指数は飛躍的に伸びたかもしれないが、「ドラえもんがいない人生など考えられない」という深く屈折した心の面では、小学生の頃から止まったままということになる。とすれば、この「最終話」の感動的(に見える)ラストシーンの次に待っているのは、むしろ「悲劇」だ。
すなわち、科学者としての本当の目的を果たしたのび太は、知能と体だけは大人のまま、心は小学生に戻って帰って来られなくなると想像する。 妻も、子供も、仕事もほったらかしにして、小学生の頃のようにドラえもんと遊ぶことだけが生き甲斐となり、自分の心の中に閉じこもった彼は、ほどなく廃人と化す。
もちろん、のび太の科学者としてのそれまでの業績は世界的に認められているし、妻しずちゃんはそうなった夫のび太のことを深く理解しているので、のび太が廃人と化したことは公にはされない(そのへんの情報の秘密は、総理大臣・出来杉の力で徹底的に守られる)。
しかし後に残されるのは、真相を知るのび太の家族や友人たちの、永遠の困惑のみだ。
その時こそ、ドラえもんは己が存在理由を失い、本当に壊れるであろう。 ――
原作漫画『ドラえもん』を愛する者のひとりとして、『ドラえもん』の本質、すなわち藤子・F・不二雄氏が小さな読者たちのためを想い、成し遂げた偉業が、今回のような非公式に作られた逸話によって歪められるのではないかと危惧するのは、私ひとりであろうか?
原作では、のび太はドラえもんと出会い、成長し、やがて完全に別れて(=ドラえもんが本当に未来に帰ってしまって)大人となり、結婚し、幸福な家庭を築くことがそれとなく示されている。だが、いつ、どうして、どのようにのび太とドラえもんが「完全に別れた」のかが、遂に描かれることがなかったのは、おそらく原作者自身が『ドラえもん』を「永遠に続く物語」と規定していたからである(原作者生前の公式見解に基づく推測)。
子供たちが明るく、夢を持って育つようにと願いながら漫画を描いた藤子・F・不二雄氏は、のび太とドラえもんの完全な別れを暗示しつつ明示しない高度な物語技法を駆使することで、「読者が子供から大人になるプロセスを永遠に助け続けるような存在になりたい」と、心中誓願していたのではなかろうか?だとすれば、まるで仏教の「菩薩」のような精神だ(と言ったらおおげさだ)。
小さな読者たちはやがて『ドラえもん』を卒業しなければならない。すなわち、「終わらない物語」に対して、ある段階でひとつの精神的区切りをつけるということが、「終わらない物語を読み終える」ということなのだ。
いつまでも『ドラえもん』にすがりつこうとする、大人になりきれない子供たち(あるいは子供のような大人たち)が増えることを原作者が望んでいたとは、私には到底思われない。しかしその一方で『ドラえもん』シリーズは、「永遠に続く」という命題のもとに支持されている。このような矛盾を抱え込んだ時点で、原作者は解決不能な難問を引き受けることになった。にもかかわらずそれと向き合い、死ぬ寸前まで努力し、格闘し続けたのが、藤子・F・不二雄氏の漫画家としての偉大さだったのではなかろうか。
これを機に、私も是非もう一度考え直してみたい。『ドラえもん』が本当に伝えようとしていたものは、何だったのかを。
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